蓮田市の祭り囃子の歴史
蓮田の祭り囃子が盛んだったのは、蓮田村、黒浜村、平野村でまだ合併する以前の平野村でした。
平野村の上平野、井沼、駒崎で祭り囃子が演奏されていたようです。
中でも、上平野では祭り囃子が盛んで、この地域の鎮守でもある八幡神社(八幡社)では、桶川や白岡、菖蒲などからも祭りに来ていたそうです。
祭りの時には八幡神社の参道にテキ屋たくさん並び、神功皇后を乗せた山車も組まれて曳かれたそうです。
現在の上平野 八幡神社の祭り
現在は、山車も組まれず神社に神功皇后の人形と神輿、獅子舞、天狗、烏天狗を飾るというもの。
祭りには最低でも3日間必要で、1日目は山車の組み立て、2日目に祭り、3日目は山車の解体。
祭りが縮小した原因は、元々はこの地域は、田んぼや梨などで仕事をしていたが、近年、農業ではなくサラリーマンも増えて、祭りで3日間も取られてしまって、それなら氏子を抜けるという人も増えて氏子が減っていったようです。
どうしても、氏子を抜けられてしまうと、寄付も減り神社の管理ができなくなってしまうので、仕方なく祭りの縮小になったようです。
同時に、祭ばやしも人数が集まらなくなり、現在では解散をしてしまい、祭りのときにはスピーカーで録音をしたお囃子を流している状態です。
蓮田市 上平野地区の祭り囃子
この近辺の祭り囃子は、古囃子を演奏しています。
古囃子は、フルッパヤシ、ヒネッパヤシ、バカッパヤシ、馬鹿囃子、と言われていますが、全て同じ古囃子の意味です。
古囃子は、地、打ち出し、キリ、キザミ、乱拍子の構成で演奏されます。
井沼では、キリの事を小切り、乱拍子の事を大切りと言ったりして微妙に違うところもあります。
戦後は、大宮の遊馬屋から先生を呼び新囃子を伝承したようですが、現在は演奏されていないようです。
構成は、タマ(大締太鼓)✕1、ツケ(締太鼓)✕2、篠笛✕1、すり鉦✕1の5人囃子です。
締太鼓は、昔は縄で締めていたそうですが、今ではボルトの締太鼓を使用しています。昔は、太鼓が薄いと良い音が出るとの事で、ノミで太鼓を削って穴を開けてしまったという失敗もあったそうです。
皮は、4丁掛けで浅草まで行って購入していたそうです。ベテランの師匠は、皮を透かしてみて見極めて購入していたようです。
まず、習うのはツケで次にタマだそうです。
笛は、7孔5本調子でツケ、タマの次に習うのが篠笛だそうです。
上平野の祭り囃子は、テンポも良く凄く山車での演奏にむいているお囃子です。
お囃子の練習しても、地元の八幡神社での祭りでは、なかなか演奏させてもらえなかったようです。(お囃子だけでなく、神輿や獅子にも触らせてもらえなかったようです)
そこで、若い衆(40代~50代)はお囃子の太鼓などを用意して、隣町のお祭りで演奏させてもらったらしいです。
演奏しにいったのは白岡 篠津や久喜提灯祭り、幸手祭り、鷲宮、菖蒲、加須にまで呼ばれて行ったそうです。
久喜の提燈祭りでは、本三や新二で二組に分かれて演奏をしていたそうで、提燈祭りでは朝から夜まで演奏しっぱなしで、怠けてると後ろから突かれたようです。
その頃蓮田では、裏の田んぼへ行くと久喜からお囃子が聞こえたそうで、叩き方を聴くと「〇〇が叩いてる」と演奏している人も分かるほどだったようです。
呼ばれて、行った中では幸手の祭りもあり、幸手では芸能人を呼んで山車の上で芸を披露する時間があり、久喜に比べると比較的楽だったようです。
戦後には、文明も発達し久喜はお金持ちが多く、テープレコーダーを持ってきて、お囃子を録音して自分たちで覚え演奏するようになったようです。
蓮田市 上平野の祭り囃子
- 囃子には、ヒネッパヤシとシンバヤシがあり、シンバヤシは大宮方面から伝承を受け、アスマヤ流と称す。地元で演奏する場合は、ヒネッパヤシが中心で、キザミ、ランビョウシの曲目にシンバヤシの曲を折り混ぜて演奏する。シンバヤシにはショウデン・カンンダマル・カマクラ・シチョウメ・ハヤシの曲があり、ハヤシはオオギリ・ランビョウシ・キザミに曲から構成され、またキザミの曲にはミジカキザミ・ナカキザミ・ナガキザミの3曲がある。
6月12日・18日の久喜の祭りにも出演する。 - 蓮田の年中行事と祭り(平成17年3月31日)
上平野の祭り囃子は大宮のアスマヤ(遊馬屋か)という先生を呼んで習ったものという。
上平野の祭り囃子はヒネッパヤシといわれる。演目にはショウデン、神田丸、四丁目、鎌倉、ハヤシ、祇園囃子、鎌倉、オカザキなど12通りあった。 - 埼玉の祭り囃子VI(平成8年2月20日)
囃子がいつころから始められたかという伝承は特にない。
ここで伝承されている囃子はフルッパヤシともいうし、小田原囃子ともいう。大正時代には上尾の菅谷からシンバヤシを習った。
演奏曲目は五曲。フルッパヤシには、地(ジ)、キリ、キザミ、ランビョウシ、クモウデンからなる。特に、地(ジ)がフルッパヤシの基礎である。
シンバヤシは、ギオンバヤシ、カマクラ、シチョウメ、カンダマル、ショウデンなどからなる。シンバヤシは現在行われていない。 - 久喜八雲神社の山車行事(天王様・提燈祭り)平成31年9月15日
上平野の囃子連は「フルッパヤシ」と呼ばれる古囃子で、大正期には上尾市菅谷から新囃子を習った。昭和初期に東屋家流を伝授されたという。囃子連は地元のフセギ(防ぎ)の行事や天王様、電電様の祭礼で囃子を奉納していた。また、市内の新二と本三のほか、近隣の幸手や白岡、加須、鷲宮などの祭りに頼まれて演奏していた。
篠崎氏は晩年に「昭和2年7月吉日 ハヤシ連 上平野 篠崎所有」と記した囃子の口伝書を木村氏に受けている。口伝書には「打出」「地」「新切り」「大切り」「乱拍子」「長キザミ」「四丁目」「四丁目キザミ」「四丁目短キザミ」「正典」「カンダマル」の曲名と太鼓のリズムを表したジゴト(地言)が記されている。
曲目
- 打ち出し
- 地
- 切り
- 乱拍子
- ぶっきり
過去出演先
- 久喜提灯祭り(天王様)-本三
- 久喜提灯祭り(天王様)-新二
- 久喜上清久提灯祭り(天王様)-東
- 久喜-江面
- 幸手祭り-仲町
- 幸手祭り-荒宿
- 幸手祭り-久喜町
- 白岡篠津天王様-上宿(岡泉)
- 白岡 岡泉
- 加須
- 鷲宮
蓮田市 井沼の祭り囃子
曲目
- 打ち出し
- 地
- 小切り
- 大切り
- ブッキリ
過去出演先
- 久喜提灯祭り(天王様)-新一
- 幸手祭り-久喜町
- 幸手祭り-天神町
- 鷲宮-
蓮田市 駒崎の祭り囃子
曲目
- 打ち出し
- 地
- 小切り
- 大切り
- ブッキリ
過去出演先
- 久喜提灯祭り(天王様)
- 白岡篠津天王様-神山
白岡市
白岡市は、蓮田とも隣で幅広く広まったようです。
白岡市 篠津天王様
- 上宿囃子連(昭和22年)岡泉
- 神山山車保存会囃子部(昭和22年)駒崎
- 下宿文化保存会(昭和61年)元宿
- 横宿囃子連(昭和57年)
- 元宿同好会連(昭和22年)井沼
馬立にも山車があったようですが、篠津へ向かう途中に喧嘩が絶えず宮代に譲ったそうです。
神山は、旧菖蒲の上大崎へ古囃子を伝承しています。
白岡市 柴山の天王様
- 白岡市 柴山祭り囃子保存会(平成5年)
柴山の天王様やお獅子様でお囃子が行われています。
上平野からも凄く近いので、自然と古囃子が伝承されたようです。
現在は、一度途絶えて菁莪囃子会より伝承。
昔は、山車もあり曳き回していたようですが、今は旧菖蒲の小塚へ譲ったようです。
白岡市 岡泉の天王様
岡泉のお囃子は、神楽と共にお囃子が演奏されています。
蓮田市 平野の利根川忠五郎氏が岡泉に養子に来て古囃子が伝承されたようです。
現在は、一度途絶えて菁莪囃子会より伝承。
- 久喜市天王様(提燈祭り)
- 白岡市篠津天王様
白岡市 篠津 上宿へ古囃子を伝承。
白岡市 菁莪囃子会
菁莪囃子会は、白岡市の元教育長の方が久喜の方より伝承し、菁莪中学校で教えOBは菁莪囃子会で演奏しています。(現在は、学校ではお囃子をやっていないようです)
ただ、菁莪囃子会では古囃子を破矢(ハヤ)と呼んでいて、久喜の師匠から教えてもらった際に、そのように教えてもらったようです。
他にも白岡八幡神社子供囃子会、岡泉囃子連、柴山囃子連へ伝承しています。
白岡市 白岡八幡神社例大祭
菁莪囃子会より伝承。
白岡市 高岩囃子連
菁莪囃子会より伝承。
久喜市
久喜提灯祭り(天王様)
- 郷土芸能保存会
- 本一保存会 (昭和46年)岡泉・江面
- 本二保存会 (昭和50年)菖蒲町 西堀・鴻巣 山田流
- 本三保存会・囃子連(昭和40年代)上平野・江面・柴山
- 新一 愛宕囃子愛好会(昭和53年)井沼・岡泉
- 志ん二囃子連(昭和40年代)上平野
- 仲町若蝶会(昭和50年代)茨島
- 東一お囃子会(昭和25年代)蓮田・白岡・新二
- 上清久新田囃子保存会(昭和50年代)
- 上清久東会(大正時代)上平野
- 上清久木村囃子保存会(昭和58年)
久喜菖蒲八坂祭り
- 上仲若連(明治初期)小塚
- 下町若連(平成5年)小塚
- 上大崎囃子連 元宿
- 小塚太鼓連(天保年間?)
- 木間金囃子連 小塚
小塚囃子連
┣ 桶川市倉田
┣ 加須市不動岡
┣ 鷲宮町
┣ 菖蒲町 小林
- 関東地方の民族芸能(2004年11月30日)
明治時代、大宮市の木下から婿入した人が伝え、近隣に教え広める。木下流。 - 埼玉の神社(1998年3月30日)
氏子の間には「神社の祭典でたたいている太鼓は、天保のころ(1830-40)に大宮市木下から小塚のA家に婿養子に来た惣五郎という人が教えたものである」 - 埼玉の祭り囃子VI(1997年2月20日)
天保年間(1830~44)に、大宮市指扇付近の木の下から習い覚えたと伝える。当時、木の下に住む囃子の名人惣五郎を当地の養子として迎えて、習得した。
ここからは、北足立の桶川市倉田、北埼玉の加須市不動岡、北葛飾郡鷲宮町、菖蒲町菖蒲、菖蒲町小林などに教えた。
久喜鷲宮八坂祭り
春日部市
春日部・八坂香取稲荷合社 八丁目元旦祭
- 白岡 菁莪囃子会
白岡市 菁莪囃子会が奉納しているようです。
杉戸町
杉戸町 茨島
- 茨島囃子保存会
過去の演奏地域
- 久喜市 提燈祭り 仲町
- 幸手市 天王様 助町
- 杉戸町 寿町
- 宮代町 和戸 浅間様
宮代町
宮代町 和戸
羽生市
羽生市 てんのうさま夏祭り
- 旭町お囃子保存会
- 東大和町
羽生のお囃子を聴く感じでは、蓮田のフルバヤシと似ている感じもありますが、羽生のお囃子は、加須のお囃子をしていた人が羽生にお囃子を伝え、町内の数ヶ所に違う叩き方を教え伝わったそうです。
演奏に行った地域
蓮田 平野 (上平野・井沼・駒崎)
┣ 久喜市 天王様 提灯祭り( 新一、新二、本三)
┣ 白岡市 岡泉 天王様
┣ 白岡市 篠津 天王様
┣ 幸手市 幸手祭り(東町、久喜町、荒宿、仲町)
┣ 旧菖蒲町 天王様 八坂祭り
┣ 旧鷲宮市 天王様 八坂祭り
┖ 加須市
江戸祭囃子系の元祖
享保(きょうほう)(1716~36)葛西囃子
曲には「打込み」「屋台囃子」「昇殿」「鎌倉」「仕丁舞(しちょうめ)」の正曲のほか、「投げやり」「忍馬(にんば)」、獅子舞用の「勇み」など
馬鹿(ばか)面(道化面)をかぶった道化踊りがついたことから馬鹿囃子ともいう。
別名〈若囃子〉〈和歌囃子〉〈馬鹿囃子
神田囃子
「屋台」「昇殿」「鎌倉」「仕丁舞(しちょうめ)」の葛西囃子系の曲のほか、「神田丸」「亀井戸(かめいど)」「麒麟(きりん)」「鞨鼓(かっこ)」の独自の曲をもっている。
- 古囃子-地囃子
- 古囃子-フルッパヤシ
- 古囃子-ヒネッパヤシ(捻囃子)
- 古囃子-バカッパヤシ(馬鹿囃子)
- 屋台囃子-ハヤ(早・破矢・早矢)-ハヤシ(囃子)
- ジ(地・字)-ジバヤシ(地囃子)
- オオギリ(大切り)-オカザキ(岡崎)
- オオギリ(大切り)-ランビョウシ(乱拍子)
- コギリ(小切り)-キリ(切り)
- ヤタイ-矢台・屋台